■平面磁界駆動型について
平面磁界駆動型は、「振動面全体を駆動する構造」を持つ点で、VCD(Voice Coil Diaphragm)方式と一見類似しているように見えます。しかし、その物理的挙動は本質的に異なっており、結果として得られる特性および音質にも大きな差が生じます。
ここでは、その違いがどこに起因するのかを明確にするため、両方式の構造および動作原理の観点から整理し、それが Impulse Response・ETC・STEP Response といった時間応答特性にどのように現れるのかを体系的に解説します。
平面磁界駆動型では、磁石配置・導電体配置・振動板形状・導電体パターンの違いにより、多くの構造バリエーションが存在します。主な設計パラメータは以下の通りです。
1)磁石配置:振動板に対して背面側のみ、または前後両面に配置
2)導電体配置:支持体に対して片面配置、または両面配置
3)振動板形状:円形または方形
4)導電体パターン:単一方向(円状)または折り返しを含む構造
VCD方式が、振動板として直接コイルパターンを形成して振動体と駆動体を一体化しているのに対し、 平面磁界駆動型では振動板(膜)上に細いアルミリボン等の導電体一定間隔で配置する構造となっています。そのため導電体の占有率が制限され、結果として振動板全体の質量に対して駆動に寄与する導電体の割合が小さくなり、相対的に「重い振動板を弱い駆動力で動かす」構造となります。
このため設計では、磁石配置・導電体配置・振動板形状・導電体パターンを組み合わせて対処することになります。
しかしながら、これらの組み合わせはそれぞれ新たな問題を内包しており、現実の平面磁界駆動型はそれらのトレードオフの上に成立していると言えます。
主な問題点は以下の通りです。
① 駆動力密度(BL/M)の不足
振動膜上の導電体が薄く、かつ導電体間に一定の間隔を設ける必要があるため、振動膜全体の質量および放射面積に対して十分な駆動力を得ることが困難です。各種対策を講じた場合でも、BL/Mが低くなりやすい傾向は避けにくく、これは初期トランジェントの鈍化やエネルギー集中度の低下として現れます。
また、BL/Mを向上させるために単純に導電体を厚くすると、幅方向の不要な振動が発生しやすくなります。この影響を抑えるために支持部を厚くすると、支持剛性の増加や振動板の質量増加といった新たな問題を招くことになります。
② 振動板と支持機構の未分離
平面磁界駆動型では、導電体が配置されていない領域がそのまま可動支持部(サスペンション的役割)を兼ねる構造となっており、振動板と支持機構が明確に分離されていません。
・導電体間の支持部は、導電体を保持するために一定の剛性を必要とするため、振動板上の振動伝搬を十分に抑制することができず、面内伝搬や分割振動の要因となります。
・一方で、背面音は時間遅延を伴って放射・反射され、位相や波形の乱れを生じます。この背面音の前面への回り込み(漏れ)を抑制するには支持部に質量の付加が有効ですが、それは振動系の質量増加を招き、結果として BL/M の低下を引き起こします。
③ 駆動力分布と支持分布の不一致
導電体パターンに折り返し(蛇行)構造を採用する場合や導電体の両面配置を行う場合、導電体の配置や支持部の配置が均一ではなくなります。その結果、駆動力分布と機械的支持分布も不均一となり、局所的な駆動力の偏りや時間遅延が発生します。これが応答の時間分散や分割振動の増加を招く要因となります。
以上のように、平面磁界駆動型は構造上、駆動力・支持機構・振動制御の各要素が明確に分離されておらず、それぞれが相互に影響し合う「分布系」として動作します。この構造的特性こそが、Impulse Response・ETC・STEP Response に見られる時間分散的な応答特性の根本的要因となっています。
なお、これらの課題に対してVCD方式がどのように解決しているかについては、 「VCDスピーカーの紹介」をご参照ください。
■特性を測定するヘッドフォン
REWを用いた測定結果に基づき、平面磁界駆動型の特徴を示します。まず、その対象機種について紹介します。
本測定で使用するユニットは、平面磁界駆動型ヘッドホンである OPPO PM-3 です。
■OPPO PM-3
OPPO PM-3は、OPPOが開発した密閉型の平面磁界駆動(Planar Magnetic)ヘッドホンです。
平面磁界駆動型としては珍しく、ポータブル用途を前提に設計された軽量かつ高効率モデルである点が大きな特徴です。比較的高感度・低インピーダンス設計となっており、スマートフォンなどでも駆動しやすい仕様とされています。
構造としては、振動膜上にアルミ導電体パターンを形成し、磁界中でローレンツ力により振動面全体を駆動する方式が採用されています。一般的には、振動膜の両側に磁石を配置した両面磁気回路により駆動力の均一化を図る構造とされています。
しかし、実際の分解観察では、磁石は背面側のみに配置されており(外径φ37–内径φ26および外径φ11–内径φ2、いずれも厚さ2mmの円筒状磁石を同心円状に配置)、磁性体を磁石板を含めた振動板の両側に配置することで磁場を分散させる構成となっていました。
また、アルミ導電体パターンは単一方向で振動膜の両面に配置されていますが、巻き方向が互いに逆であるため、導電体が全く配置されない部分(支持部)の分布が均一とならない構造となっています。
このような構造により一定の効率と携帯性は確保されていますが、磁束分布や導体配置の不均一性は残りやすく、設計としては“精密なトランジェント再現性”よりも“聴きやすさ”を重視したバランスとなっています。
市場においては、「ポータブルで使用可能な平面磁界型ヘッドホン」として評価された製品です。
■Impulse Response
Impulse Response は、入力された瞬間的な信号に対して、スピーカーがどのように応答するかを時間軸上で示す特性です。
理想的な応答は、鋭い単一のピークを示し、その後の振動は速やかに収束します。
後続する振動が大きい場合は、システム内に不要な反射や共振が存在することを示しています。これらは直接音に対して遅れて現れる成分(遅れた音)として観測され、その量が増えるほど音像のにじみや音場の不明瞭さの原因となります。
【測定条件】
●音響測定ソフト:REW(Room EQ Wizard)
●解析項目:Impulse Response
●測定距離:10 cm
●帯域条件:3 kHz ~ 96 kHz(Butterworth HPF 2次 ×2、LPFなし)
●サンプリング周波数:192 kHz
●正規化条件:ピーク正規化
平面磁界駆動型ヘッドホンである OPPO PM-3 の Impulse Response の特徴について、以下に示します。比較のため、Mundorf AMT21CM2.1-C および VCD方式の VCD-DT63 の各特性を重ねて表示しています。
■初期領域(0~50µs)=高域・超高域
最初の立ち上がりの鋭さは、初期トランジェントの再現性を示す重要な指標です。
PM-3 では、立ち上がり自体は大きく鈍っているわけではありませんが、主ピークの時間幅が相対的に広く、その後の再上昇成分や残留振動も大きく現れています。これは、エネルギーが短時間に集中せず、時間方向に分散して放出されていることを示しています。
この要因としては、平面磁界駆動型に特有の駆動力密度(BL/M)の相対的な制約や、振動膜内の面内速度分布の不均一性、さらに複数の振動モードの重なりなどにより、主応答の集中度が低下している可能性が考えられます。
音響的には、これらの特性はアタックの輪郭の緩さ、高域成分の抜けの低下、さらに微小トランジェントの再現性の低下として現れる可能性があります。
■第1谷(反転)(50~100µs)=中高域
第1谷への到達は、主ピーク後のエネルギー反転挙動および過渡応答のまとまりを示す重要な指標です。
PM-3では、第1谷の到達タイミングおよび主ピークから第1谷に至る過程において、他方式と比較してわずかな遅れが見られますが、その差は限定的であり、初期応答としてのまとまりは概ね維持されています。
一方で、第1谷以降においては再上昇および振動成分が比較的大きく、複数の振動成分が重畳した挙動が顕著に現れます。その結果、1周期としてのエネルギーが一点に集中せず、時間方向に分散する傾向が見られます。
この挙動は、振動板面内における速度分布の不均一性や複数の振動モードの重なりにより、振動が単一のピストン的応答ではなく、分布的な応答として現れている可能性を示唆します。
音響的には、これらの特性はアタック後のまとまりの低下や、音像の輪郭がやや曖昧になる傾向として現れます。
■第2ピーク (100~150µs) (最重要)
PM-3 では、この領域において第2ピークが最も明確に現れており、他方式と比較して顕著に大きく、 主応答の後にエネルギーが再び集中している様子が確認されます。これは、振動が単一の集中応答としてではなく、時間遅延を伴う複数の応答成分として現れていることを示しています。
このような挙動は、振動板面内における速度分布の不均一性や複数の振動モードの重なりにより、主応答後に再上昇成分が生じている可能性を示唆します。
音響的には、これらの特性は音像の膨らみや分離の低下として現れる可能性があります。
なお、100~200 µsの領域は音質に大きく影響する重要な時間帯であり、高性能なトゥイーターほどこの領域のエネルギーは低く抑えられる傾向があります。
■150~300µs
PM-3 において比較的大きな振動成分が継続して観測され、波形のまとまりが他の方式に比べて弱い傾向が見られます。振幅も相対的に大きく、複数の振動成分が重畳した挙動が確認されます。
この挙動は、振動板面内における速度分布の不均一性や複数の振動モードの重なりにより、エネルギーが単一の時間成分として収束せず、時間方向に分散している可能性を示唆します。
音響的には、これらの特性は音の芯の曖昧さや、濁り感、解像度の低下として現れます。
■300~600µs
PM-3 において振動成分が比較的長く持続しており、減衰は他の方式に比べて緩やかな傾向が確認されます。振幅は次第に低下しているものの、周期的な成分が継続して観測され、エネルギーが時間方向に分散している挙動を示しています。
このような特性は、振動板の面内振動や複数の振動モードの重なり、さらに内部構造におけるエネルギーの再分配などにより、エネルギーが単一の時間成分として収束しにくい可能性を示唆します。
音響的には、これらの挙動は余韻の伸びとして感じられる一方で、音像のにじみやタイトさの不足として現れます。
■600µs以降
PM-3 において微小な振動成分が長時間にわたり残存している様子が確認されます。振幅は小さいものの、周期的な成分が継続しており、エネルギーが完全に収束せず時間方向に分散している挙動を示しています。
このような特性は、複数の振動モードの重なりや振動板面内でのエネルギーの再分配により、エネルギーが段階的に減衰している可能性を示唆します。
音響的には、これらの残留成分は音像の拡散や明瞭度の低下として現れます。
■総合評価(Impulse Response)
PM-3 は、初期の立ち上がり自体が著しく遅いわけではありませんが、主ピークの時間幅が相対的に広く、第2ピークおよびその後の残留成分が比較的大きく現れています。その結果、エネルギーが単一の時間点に集中せず、時間軸上に分散した応答特性を示しています。
また、波形は単一ピークではなく複数のピークを伴う構造となっており、主応答後にもエネルギーの再上昇や振動成分が継続して観測されます。これは、複数の振動モードや面内でのエネルギー分布の不均一性により、エネルギーが時間的に分割されて放出されている可能性を示唆します。
このような特性の主な要因としては、駆動力密度(BL/M)の不足、振動板と支持機構の未分離、ならびに駆動力分布と支持分布の不均一が挙げられます。
音響的には、これらの特性は滑らかで刺激の少ない音や広がり感として現れる一方で、音像の輪郭のわずかな曖昧さや微細トランジェントの再現性への影響として現れます。
■ETC(Energy Time Curve)
ETC は、Impulse Response から算出される指標で、入力された音のエネルギーが時間方向にどのように減衰していくかを示します。
不要なエネルギーが早く収束するほど、音像のにじみが少なく、定位や空間表現が明瞭になります。
音質および音場再現の差は、直接音に対して遅れて到達する成分(遅れた音)の量によって決まります。ETC では、直接音の後に現れるエネルギー成分が、遅れて到達する音(遅れた音)として観測されます。
【測定条件】
●音響測定ソフト:REW(Room EQ Wizard)
●解析項目:Impulse Response / ETC (Energy Time Curve)
●測定距離:10 cm
●帯域条件:3 kHz ~ 96 kHz(Butterworth HPF 2次 ×2、LPFなし)
●サンプリング周波数:192 kHz
●正規化条件:ピーク正規化
同様に、OPPO PM-3 の ETC(Energy Time Curve)について、Mundorf AMT21CM2.1-C および VCD方式の VCD-DT63 の特性を重ねて表示し、その特徴を以下に示します。
■初期減衰(0~100µs)
PM-3 は、立ち上がり直後の減衰が比較的緩やかであり、初期段階からエネルギーの時間的な広がりが見られます。その結果、初期エネルギーは一点に集中するのではなく、時間方向にやや分散した応答特性を示しています。
■約100~300µs(最重要帯域)
PM-3では、この領域において−15~−25dB付近にエネルギーが滞留しており、 他方式と比較して明らかに高いレベルに残存しています。これは Impulse Response における第2ピークの大きさと対応しており、この領域にエネルギーが集中して残存していることを示しています。
■約300~800µs(中域支配領域)
PM-3では、単調な減衰とはならず、複数のピークを伴う応答が継続して観測され、エネルギーが時間方向に分割されて放出されている様子が確認されます。
この挙動は、振動板全体が完全に同期して動作しているのではなく、駆動された振動が面内を伝搬しながら時間的な遅れを伴って現れている可能性を示唆します。
要因としては、導電体配置に起因する駆動力分布の不均一性や、支持部が振動体の一部を兼ねる構造による局所振動の残留および再放射などが考えられます。
その結果、応答は単一の振動として収束するのではなく、時間的に分離した複数の成分が重なり合う形で現れていると解釈できます。
音響的には、これらの特性は音像の広がりや拡散、分離の低下、解像度の低下、および中域の濁りとして現れる可能性があります。
また、これらの挙動は単なる減衰不足というよりも、エネルギーが時間的に分割されて放出されていることに起因する応答特性として理解することができます。
■総合評価
PM-3 は、全時間帯にわたりエネルギーが遅れて放出され続ける、典型的な分布系応答を示しています。 特に 50~400µsの領域において、他方式と比較して減衰が遅く、エネルギーが高いレベルで残存する点が顕著です。
これは単なる減衰不足ではなく、エネルギーが時間的に分割されて放出されることに起因しており、Impulse Response における「第1谷への到達の遅れ」および「第2ピークの増大」として現れています。すなわち、応答は単一ピークとして収束せず、複数の時間成分に分割された構造となっています。
この背景には、振動板全体が同時に加速・停止しないことによる面内伝搬、駆動力分布および支持構造の不均一、さらに多モード振動の励起によるエネルギーの再分配があります。
その結果、音質面では、アタック後のまとまりの弱さ、音像輪郭の不明瞭さ、分離の低下、および中域の濁り(時間分散成分が中域的な音像として知覚される現象)として現れます。
■STEP Response
STEP Response は、入力信号が瞬間的に立ち上がり、その状態が維持されたときに、出力が時間方向にどのように変化するかを示す特性です。
理想的な応答は速やかに立ち上がり、その後は振動することなく安定した状態へ収束します。
しかし、システム内に不要な反射や遅れが存在すると、出力には振動や揺れが生じます。これらは直接音に対して遅れて現れる成分(遅れた音)の影響として観測されます。
【測定条件】
●音響測定ソフト:REW(Room EQ Wizard)
●解析項目:Impulse Response / Step Response
●測定距離:10 cm
●帯域条件:3 kHz ~ 96 kHz(Butterworth HPF 2次 ×2、LPFなし)
●サンプリング周波数:192 kHz
●正規化条件:ピーク正規化
さらに、OPPO PM-3 の STEP Response について、Mundorf AMT21CM2.1-C および VCD方式の VCD-DT63 の特性を重ねて表示し、その特徴を以下に示します。
■立ち上がり(t≈0付近)
PM-3は、他方式に比べて立ち上がりがわずかに遅く、初期加速度や振動の同期性の違いに起因する遅れの傾向は確認されます。
■初期反転~第1応答(~100µs)
PM-3は、アンダーシュート後の回復がやや遅く、波形の戻り方に滑らかさよりも遅延的な挙動が見られます。単一の応答として自然に収束するというよりも、複数の振動成分が関与していることを示唆する応答となっています。
■二段階構 (100~300µs) (最重要)
PM-3では、この領域において明確な再上昇が確認され、一度で収束せず二段階以上の応答構造を示しています。主応答の後に遅延した成分が現れており、単一の振動として完結していないことが明確に表れています。この再上昇は Impulse Response における第2ピークに対応する現象で、エネルギーが時間的に分割されて放出されていることを示しています。
■中期領域(300~800µs)
PM-3は、この領域では振幅は徐々に低下するものの、細かな揺れが継続しており、単調に減衰していく挙動にはなっていません。これは振動が一度で消失するのではなく、複数の成分に分かれて時間的に持続していることを示しています。
■後期領域(1ms以降)
PM-3 では、微小振動が比較的長時間にわたり残存しており、完全な収束に至るまでの時間が長い傾向が見られます。振幅は小さいものの周期的な成分が残っており、エネルギーの尾引きが確認されます。
■Impulse Response / ETC との整合性
この STEP Response は、Impulse および ETC の結果と明確に対応しています。PM-3 では、Impulse における 第2ピークの存在、ETC におけるエネルギーの滞留および再上昇が、そのまま STEP Response の再上昇および多段構造として現れています。
これらは同一現象を異なる観点から観測した結果といえます。
■音質との対応
PM-3の特性は、音質面では長所として柔らかく滑らかで広がり感のある音として現れる一方、短所としてアタック後のまとまりの弱さ、音像輪郭の不明瞭さ、解像度の低下として現れます。
■総合評価
PM-3は、立ち上がりがやや遅く、一度で収束せず、二段階以上の応答を示すとともに、長時間にわたり残留振動を伴う傾向が見られます。単純な制動特性の違いによるものではなく、時間軸上においてエネルギーが分割されて現れる応答であり、本測定条件においては分布系的な応答の特徴が明確に表れています。
このような挙動は、平面磁界駆動型における構造的特徴すなわち「導電体配置の制約による駆動力分布の不均一性、支持機構と振動体が明確に分離されていない構造、およびそれに伴う面内伝搬や多モード振動の発生」と整合するものであり、同方式において比較的現れやすい傾向の一つと考えられます。